老ひたる顔、惨憺

あまりにも、自分自身をありのままに表現すること自体を、制限しすぎてきたのではないかと思う。

自覚はある。10年ぐらい前からだ。私の言葉、大切にしているもの、思い、愛は、あまりにも強烈すぎ、他者を傷つけることすらある、と私は見て取ってしまった。その途端、私は恐ろしくなったのだ。この「恐ろしい」という感覚は、とても人に説明することはできない。自らの力を、自らのただのありのままを恐ろしいと感じてしまったら、人は縛られるのだ。私はそうだった。

この10年で私の環境は全く変わった。変えたのだ、だが、ここまで変わるとは想像もしていなかった。良い方向へ進んだ。だが、私の中の恐怖はいまだ溶けていなかった。
それをはっきりと自覚したのは、つい最近だ。

2017年はあまりにもハードな一年で、だがその流れの中で、私の体は私に、「お前は、お前以外になる必要はない。私自身を全て受け入れよ」と伝えてきた。
自分の心に正直に従えないとき、言うことを聞かせようとしたとき、わたしの皮膚が血を流し続けた。私には止めることができなかった。その時はっきり、私は血を流していると知ったのだ。

かわいそうなことをしたと思う。私は時々、自分のことが本気でかわいそうだと思う。なぜなら事実、その通りだからだ。自分が自分に、あんまりな仕打ちをよくするからである。
それも人生だ。未熟だから人は生まれるのだ。それでも体や心は決して裏切らず、私に真実だけを必死で伝え続ける。

そして私は、今を受け入れた。わたしを受け入れた。
その現況は、惨憺たるもの。
人生を生きぬき、血を流し傷つきながらも、己を知り、己の存在を、ただ在るだけで伝える、老いたる人の貌。

もっと自分を表現していこう。
今年は、ありのままに、
せめてありのままに。
この10年、自分を責め続けた代わりに。

もう、いいだろう。

 

BGM   A Perfect Circle; The Doomed